エンジニア・ブルース


「お疲れーす」
「お疲れ様です」
「程々にしときなよー」
「お気をつけて」

次々に先輩達が工房を出ていく。それを横目に見送りながら、おれは整備中の義眼をつついてみる。観測班のドウム氏が電海潜行中に情報圧でパリンとやられたらしい。簡単な仕事だから気負うなよ、と声を掛けられたものの、気負わないで出来る訳がない。この整備は、おれの初めてのひとり仕事になるのだ。

呼吸を整えてゆっくり瞬きをする。何度か繰り返すと、ぼんやりと宙に手順が浮かび上がってくる。簡単な氷ガラスの交換とネジ締め、ファイバーもそろそろ寿命のようなので取り替えなければ。ドウム氏の追加リクエストは“視野の拡張”だったから……見るだけ見て、おれはため息をついて目をギュッと閉じた。見えてるだけじゃ駄目なんだ。実際に手を動かさなければ。

おれは、整備部隊には珍しい“先天”だ。少し眺めているだけで、壊れた機構のどこに問題があり、どう直せばいいのかが見えてくる。整備の中で能力持ちはおれだけで、先輩方の話では、技術系には昇華者すら珍しいんだそうだ。確かにおれも、自分の爺ちゃんくらいしか見たことないしなあ。爺ちゃんはその昇華者と呼ばれる人だった。おれは爺ちゃんの背中に憧れて技術屋になったが、爺ちゃんと仕事をする前に、爺ちゃんは冷たい土の下に行ってしまった。以来、おれの指は思うように動かなくなってしまって、せっかくの能力を他人の手助けにしか使えなくなった。……何にも使えないよりはいいんだ。でも、やっぱりおれは、自分の指で仕事をしたい。

「なんだフィル、お前まだ残ってたのか」
「わっ!な、ナオザトさん!」

ほとんど照明が落ちた中に突然ぬうっと大きな身体が浮かんだので、子どもみたいにびっくりして飛び上がってしまった。

ナオザト先輩は、担当変更が多く何でも屋になりつつあるこの整備部隊で、ずっとただ一人のために義体を整備し続けている。それも、ただの義体じゃない。復元されたロストテクノロジーから生まれたばかりの新鋭技術まで、日々更新されていくありとあらゆる偉業をこれでもか!って程ふんだんに駆使して整備した、超高高度退呪術の連続使役に16時間耐え得る義肢だ。そんなわけで、技術屋の世界では本来29歳なんてまだまだ若造も若造なのだが、班長や部隊長にも目を掛けられている実力者である。……まあ、先輩方は皆、能力無しに““機関””に所属している時点で、並みの整備屋では到底追いつけないスペシャリスト集団なんだけど。そのナオザトさんが、机上の義眼を覗き込んで首をかしげる。

「あー、ドウムの。そんなに急いでたっけかな?ていうか、ちょっと納期過ぎたって文句言わねーだろアイツ。観測班にゃ珍しく結構話のわかる奴だぞ」
「あ、いえ……急ぎってわけではないんですけど……」
「なら、さっさと帰って飯食って寝ろ。お前の歳から無理やってると、無理が癖になっちまうぞ」

言いながら、ナオザトさんはご自身のデスクへ戻っていく。デスクライトがパッと壁の「節電!」の貼り紙を照らした。

「ナオザトさんは残るんですか?」
「オレはいいんだよ、アラサーだから。あ、まだ手前の方だけどな」
「……」

デスクライトの光がナオザトさんの机周りに落ちる。雑然としているように見えて、その実かなり機能的に構成された作業スペース。そこはまるで極小規模のドッグだ。こんな風に自分の道具や空間を整えることが出来るようになるには相当経験を積まなければいけないだろう。

「……ナオザトさん」
「何だ?」
「ナオザトさんも、失敗しますか?」

ゴソゴソと作業を始めていたナオザトさんが手を止める。悪いことをしたと思ったが、気のいい先輩は「そうだなー」と空を見つめて考え込んだ。

「昔はそりゃあ山ほどしたさ。オレにはお前みたいな先天能力がねーからな。ばらさんで良いとこまで弄っちまって、取り返しつかなくなったりってのがしょっちゅうだった。それまでチンピラ相手の小遣い稼ぎしかしてなかったから、此処で要求される精度の高さには毎度辟易してたよ」
「そうなんですね……」
「言ったかどうかわからんが、オレが““機関””に入ったのは、別に世界の恒久安定がどうとかいう理念に共感してのことじゃない。バカ親父の借金返すのに““機関””の高給が魅力的だったんだ。たまたま、一回運び込まれた行き倒れを応急処置したら、ソイツが““機関””の人間でな。まあどうせオレも碌でもない奴だし、どこもそう変わらんだろと思って来てみればこれだ。あの時は参ったなー、やっぱ辞めますなんて言える雰囲気じゃねーだろ、此処」

そんなアバウトな感じで入ることもあるのか……自分が此処へ来たときのことを思い出してみる。おれの能力を知っていた爺ちゃんが確か、自分の死後のおれの行き場について、話をつけててくれたんだっけ。他者推薦だから、まあ、似てるといえば似てるのかもしれない……

「ま、でも、サエグサの担当になってからは、してない」
「それは、慣れたからですか?」
「慣れてはないぞ。慣れてないから、考え過ぎ確かめ過ぎ根詰め過ぎで、今でも毎回血反吐吐く」
「は、」

爽やかな声に反した物騒な言葉に、おれは言葉を失った。

「何回触っても何か足りない気がする。万全の筈なのに、何か忘れてる気がする。死に物狂いでやっててもそんなんばっかりだ。さっきはカッコよく『してない』つったが、正直なとこ『してないだろう』が正解だな。今んとこアイツから想定内消耗と自損事故以外の不具合報告が上がってきたことはないが、それは運良くヤバイのに出くわさなくて、サエグサが本気を出さなくて済んだからかもしれない。オレの仕事に正解・不正解があるとしたら、それは本当に最後の最後、義体の使用者が生きて帰るか死んで帰るかでしか分からない。そう思ってるからオレは、実戦に出たサエグサが無事に帰ってくるまで、ずっとトイレとお友達だ。サエグサが正解の顔して帰ってきてやっと、オレの仕事は終わるんだ。我ながら肝っ玉小さすぎて情けねえけどな」

「だから」ナオザトさんは言って、おれと目線を合わせる。

「オレはお前の先輩として、仲間として『失敗しても良い』とは絶対に言わない。失敗は、あっちゃならんと思ってる。お前がそう思わないなら勝手にしたらいい。でも、そうじゃないんだろ?悩んでるってことは」

おれは、もしかしたらその言葉を。「頑張れ」でも「大丈夫」でもなく「失敗するな」という言葉を、その言葉の重みを確かに知る誰かにかけてもらえるのを、ずっと待っていたのかもしれない。

思い返せば爺ちゃんは、一度もおれに「失敗してもいい」と言ったことはなかった。面と向かって話すことの苦手な人だったから、おれの記憶にあるのはいつだって背中。どんな仕事でも完璧にこなす、昇華と呼ばれる名誉にふさわしい、失敗しない男の背中だった。そうだ。おれは、そんな人たちに憧れてエンジニアになったのだ。

「ま、オレのやり方が正しいとも思わねーけどな。相手がサエグサだから肩入れし過ぎてるってのもあるしよ」
「ナオザトさん!」
「お、おお?」
「おれ、帰ります!帰って、飯食って寝ます!」

勢いよく言うと、ナオザトさんは可愛らしく(大男に可愛らしいってのも変だけど)目をぱちくりさせた後、「おうおう、帰れ帰れ!」と笑った。

「ナオザトさんも無理は禁物ですよ」
「オレはもう癖になっちまってるから治らねーよ。気ィつけてな」

シッシと追い払う仕草をするナオザトさんに手を振り返して、後ろ手にドアを閉める。サイトは静まり返っていて、トンネルめいた廊下の照明も間引き営業だ。ひんやりした空気の中、よし、と独り言を呟いて一歩踏み出そうとした瞬間、横からぬうっと影が伸びてきたので、おれはまたしても飛び退いてしまった。

「うわっ!」
「申し訳ない。驚かせる気は無かったのだが」

バクバク言う心臓を押さえながら改めて目を遣ると、そこに居たのはサエグサさんだった。実戦用じゃない義肢なのか、随分軽装だ。

「さ、サエグサさん。こんばんは……」
「うむ。時にフィリップ殿、ナオザトを探しているのだが、彼は在室中だろうか?宿舎を訪ねたら帰舎はまだとの事だったので」

言いながらサエグサさんは、右腕に抱えた紙袋の中を覗かせる。何か、饅頭のようなお菓子っぽいものが幾つか入っている。

「運び屋に『故郷の土産』と頂いた。月餅と言う菓子なのだとか。私一人では食べ切れぬ故、ナオザトに分けてやろうと思ってな。貴殿も如何だろう?」

差し出された月餅を、一瞬素直に受け取りそうになったが首を振った。サエグサさんにそんなつもりは全くないだろうけど、なんとなく、それは全部ナオザトさんに食べて欲しかった。すみません、と一言添えるとサエグサさんは構わないとでも言うように小首を傾げ、袋へ戻し、ドアノブへと手を掛けた。

「サエグサさん」
「む?」
「えっと……」

ナオザトさんはいい男ですよ。
ナオザトさん、カッコいいですね。
ナオザトさんをよろしく。

戻ってきてくださいね、絶対に。

「……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、フィリップ殿」

微笑みと共に、ドアが閉まった。



あれからドウム氏は、すれ違うたびに長い前髪を掻き上げて、ニッと笑って義眼を見せてくれる。自分で言うのもなんだけど、結構上手いことできた仕事だと思う。ナオザトさんは月餅の食べ過ぎで、次の日ずっと胸焼けと戦っていた。デスクに突っ伏していながらも、その顔は心なし幸せそうなので放っておいた。サエグサさんは、帰ってくる。それが当然のような顔をして。ナオザトさんとサエグサさんは、ずっと正解し続けている。それが当然のことであり続けるよう、神様を信じないおれは、いつも爺ちゃんに願っている。




  • 最終更新:2018-01-28 19:46:54

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