とばせ鉄拳!/そびえる心


で、彼女、オレがプロポーズした時、表情変えずになんて答えたと思う?
「私には後胤を残す意思はない」
だぜ?

「分かるか!?この『メチャメチャ好きなクール系女子に告白したら下心看破されて豪速球で打ち返された時のあらゆる方向に凄まじいダメージ』!!!」
「付き合ってもないのにプロポーズするような男が受けたダメージのことなんて分からないし、分かりたくもない」
「その時オレは改めて認識したんだよ。『やはりオレはサエグサに会う為に生まれてきたんだ』ってな!いやあ、““機関””に入ってよかった!借金した親父に感謝!」

追跡部隊のサイトに入り浸って毒を撒き散らすこの男はバリー・ナオザト。無能者ながら、義体整備のスペシャリスト。強面の大男で、この場の誰よりも喧嘩っ早そうだが、実際のところはこうしてバターとハチミツたっぷりのパンケーキを頬張りながら恋バナしてる程度には呑気。御察しの通り、我らが追跡部隊に派遣されし呪術師・サエグサのワンちゃんである。

「で、お前の愛しのサエグサは?」
「最終調整でトレーニングルームに入ってるぞ。オレとしては、傍について細かく義肢を見てやりたいんだが、毎度毎度『術に巻き込んではいけないから』と断られてしまうんだよな」
「あのサエグサが上手いこと言って避けるとは……」
「何でだろうな?サエグサの技なら喜んで受け止めるぞオレは」
「…………」

ミカが「限界だ」とでも言いたげな涙目で離席を訴えるのを「なんとか堪えてくれ」と視線で制止する。この男と2人きりになるのはどうしても避けたい。避けなければならない。2人きりになったが最後「で、お前はどうなんだ?」が始まってしまうからだ。何が悲しくて職場の人間に自身のプライベートの話をしなければならないのか。とはいえミカを一人で残すほど鬼にもなりきれない。そんなことをしようものなら私の残り少ない良心が砕けて散ってしまうだろう。……いや、待て、そうか。2人揃って離脱すればいいのか。

「ナオザト。悪いが私とミカはそろそろ、」

言いかけたその時、爆発音が轟いた。

「うおっ!?」
「ッ観測班!」
「……!」

私とミカが感情制御態勢に入ると同時に、整備班の連中がドカドカと駆け込んできた。

「ナオザトさん!サエグサさんが!」
「サエグサが!?」
「爆発しました!!」

爆発?



「面目無い。出力を誤ったようだ」
「……まあ、無事でよかった、サエグサ。財務部門は胃がキリキリだろうがな」
「……」

トレーニングルームの瓦礫に埋もれたサエグサが、彼女には珍しく破顔した。人間笑うしかなくなった時はどんな鉄面皮でも笑うものだ。わらわらと野次馬が集まってくる中、ミカはとにかく瓦礫を除けようと奮闘している。サエグサを引っ張り上げれば済む話だが、それは出来ない。彼女は調整のために実戦時と同じフル装備、つまり、軽めの成体の雄ヒグマくらいの重さにはなっているのだ。

「で、いつまで拗ねてるんだナオザト」

ミカや整備班の連中がなんとかサエグサを救助しようとしているのに対し、忠実な犬ことナオザトはしゃがみこんでずっと何かブツブツ唱えている。何もしないとコイツの怪力は本当に何の役にも立たないというのに。

「おい、うどの大木。立て、働け、力貸せ。お前のお姫様をいつまで埃まみれにしておくつもりだ?」
「……しかしだな、メイファ……オレの整備の不手際で、サエグサを危険に晒したかもしれんのだ……ここがサイト内だから良かったものの、任務中だったら……そんな男に、彼女に触れる資格なんて……」
「それが起きない為に慣らし運転してたんだろ。どうしても嫌なら、ジャッキか台車でも持ってくるんだな」
「それは……」
「ナオザト」

整備班の連中が手を止めている。見るとサエグサが、無事な左腕で辛くも上体を起こしていた。

「此度の事は貴殿の失態にあらず、ひとえに我が身の不熟ゆえ。貴殿の整備は万全であったよ。寧ろ、私の度し難い未熟を許されよ」

言うだけ言ってサエグサは再び瓦礫の山に沈む。ナオザトがワアッと悲鳴をあげるが、左腕が上がる。無事らしい。

「ナオザト、貴殿の技術は素晴らしい。貴殿のお陰で私は常に遺憾無く盾であることを成し能う。是非に誇ってくれ給え」

流石というか何というか、サエグサの声には説得力がある。本気も本気の真剣勝負、馬鹿正直過ぎて正気を疑うような。「ほら、サエグサもああ言ってることだし、そろそろ……」言いながらナオザトを顧みる。

「誇れるもんかよ」

言葉に詰まる。

「サエグサ。オレは、そうやってためらいなく『盾になる』なんて言えちまうお前が好きだ。そんなお前だから好きになったんだ。だが、本当は、お前を前線に立たせることなんかしたくない。せめてオレが戦って、お前の力になれるならそうしたい。そうしないのは、オレが無能だからだ。オレが出たところで、お前の負担が増えるだけだからだ。オレは、それがずっと情けなくて、ずっと悔しいんだよ、サエグサ。これがエゴだってことが分かってても。だからこうして、お前の弱点につけ込んで、必死でお前に追いつこうとしている。誇れる日なんて来るわけがない」
「……」
「覚悟はしてる。何があっても逃げない。それでも、絶対に足りない。お前の身体に整備する部分が増えることを考えると、オレは、あろうことか、無能は全員死んだ方がマシだと思っちまうんだ」

ナオザトの声が震えている。
整備班も沈黙している。

部門柄、彼らは能力を持たないことが多い。技術特化の能力は先天として発現することがごく稀で、昇華するのは随分高齢になってからのことだ。顔ぶれを見るに、そこにいた整備班の全員がナオザトと同じ無能者だろう。異能持ちの仇敵から、サエグサのような能力の盾に守られて生き延びる者たち。無論、彼ら技術屋の底上げが無ければ、昇華も先天も、すぐ足元を掬われる。しかしながら、彼らはいつも思っていて、時折口にすることもある。“我々の全力程度、異能は一瞬で塗り替えてしまう”と。

コンクリート片が崩れ落ちる。

「……貴殿らに死なれると、困る」

見遣ると、サエグサが再び起き上がろうとしていた。

「弱点につけ入っているのは、私も同じ。嘗て私は貴殿らと同じ、能力を持たぬ幼子を護り、そこへ右手を置いてきた。初めて自身の意志で盾となった私は然し、死んだ右腕が誇らしかった。失くしたのでなく得たのだと。一歩分でも幽くとも、彼の道行きに光を燈したのだと。得たものは天啓。私は盾となる為に生まれてきたのだと。……これこそエゴだ。我が事ながら、なんと救い難き傲慢か。だが、私は退かぬ。絶対に諦めぬ。堕ちようと構わぬ。押し通す。私は自身の使命の為に、貴殿らの為に生きる自分の為に生きていく。それには私の杖となる、他ならぬ貴殿らの力が必要だ。貴殿は既に、私の力の重要な一端であるのだ、ナオザト」

意志。それを芯にして、サエグサは前線に立つ。万全で無い身体を、意志の力で奮い立たせる。だが、それだけでは立てない。心は物理の代えにならない。サエグサを支える最後の一手。それは、他ならぬ彼ら無能者、ナオザトらの、人の身で成し得る限りの、最高峰の技術の粋を尽くした偉業なのだ。

「で、あるからナオザト。厚顔無恥で相済まないが、何卒介助願いたい。“先天”と呼ばれし身なれど、介添なくば、非力なただの小娘だ」
「……」
「貴殿の力が必要だ。貴殿でないと駄目なのだ。……貴殿に抱擁されたい。貴殿の腕の中が恋しい。……駄目か?……バリー」
「さ……サエグサぁ……!」

風圧すら感じる速さで駆け寄ったゴリラが、瓦礫の山に腕を突っ込む。トレーニングルームの破片を落としながら、ゆっくりとサエグサが持ち上げられた。手を振っている。ミカから拍手が起こり、それは整備班や野次馬達に広がっていく。啜り泣きすら聞こえる。……何だこの茶番。

呆れた目線に気づいた彼女が、私の方へ手を伸べた。立ち直りの早い大男が、意気揚々とサエグサを運んでくる。

「メイファ、貴女にも感謝を。ナオザトへの貴女の切言、興味深く拝聴した。後学の為の採録叶わなかったことが悔やまれる」
「録らんでいい、そんなもん……」
「そうだぞサエグサ、お前の言葉遣いがこの執念女に似ちまったら困る!」
「そういうお前も大概だろうが!」

バチバチと私とナオザトの間に散る火花を感じてか、サエグサが大口を開けて笑った。

「……なんていうか。サエグサ、君、強くなったな」
「そうだろうか?」
「そうだよ。此処へ来たばかりの頃は、一人で何でも何とかしなきゃって、根詰め過ぎてたからな」
「はは、お恥ずかしい限り。が、そうだな。だとすれば、成長は此処での起居の賜物だ」

今日のサエグサはよく笑う。

「私が私であることを求められ、認められ、剰え愛されることの幸福は、なんと滋味に溢れているのだろうな」

その顔があまりにも楽しそうだったので、それ以上皮肉を言うのはやめた。



それにしても、爆発とはどういうことだろう。両脚と強化服に外見上異常はなさそうだが、右肘から先は酷く破損している。サエグサの能性は結界特化で、そんな破損の仕方は考えにくいのだが……

「君、一体何やったんだ?」
「何、ひとつ飛び道具でもと思ってな」
「実装してやったんだ。いわゆるロケットパンチってヤツだな!」

……ああ、君らお似合いだよ。


  • 最終更新:2018-01-28 19:44:14

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